「親ガチャ」という言葉はそれほどネガティブか?


今話題の「親ガチャ」という言葉をご存知でしょうか?

「子どもは親を選ぶことが出来ない」ということをガチャガチャに例えた表現で、言葉の意味としてはプラスにもマイナスにも使うことができますが、世間ではマイナスの意味で使われていることが多いです。


ワイドショーなどでも親ガチャについて議論されているのを度々目にします。


先日とあるテレビ番組で取り上げられた際、その番組のアナウンサーがこのようなコメントをされていました。

「自分も親になってみて、親はこんな思いで子どもを育てていたのか、子育てはこんなに大変で、でもこんなにも愛してくれていたのかがよくわかった。"親ガチャが外れた"などと口にしている人は自身が親になったら、この発言を後悔すると思う。」といった趣旨でした。


このアナウンサーは親御さんからきちんと愛情を注がれて育っていたことがよく受け取れますね。


私は「親ガチャが外れた」と言う人の根底には「たまたま運が悪かっただけだ(つまり、自分には何の責任も過失もない。親とうまくいかなかった自分を責める必要はない)」と、自身の気持ちを落ち着かせる言葉とも受け取れます。

怒りや悲しみなどの矛先を「親」でも「自分」でもなく「ガチャ」に向けることで、何かを恨むエネルギーから自分を解放しているのではないでしょうか。


確かに親ガチャの外れは、ガラガラくじの外れ、賭け事の外れと次元が違い、人間らしく生きていくうえでどうしても当てたいものです。

親は親になる以上、子どもにそう感じさせない責務もあると思います。

ですが、世間で議論されるほどマイナスばかりな言葉ではなく、実は人を救う言葉としての側面も持ち合わせているのではないでしょうか。



日向はまだ少し暑いですが、

日陰はすっかり秋めいて 思わずマスクを外して深呼吸したくなりますね。


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